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フルマラソン

42.195㌔

走った。走った。楽しかった。

その結果が、思いもよらない記録。
3時間42分46秒


蒸し暑い夏の昼下がり。3時間走を1人でした。
もう止めよう、と途中で思ったけど、頑張り抜こうと思い、
笑いながら走った。

走れた。

苦しい時、その記憶が後押しをしてくれた。
兎に角、「諦めない」はてんつくマンから教わった。

直前に、天風会の小川さんから呼吸法を教わっていた。

笑いと呼吸で、走り抜いた。

義理の母が、生前よく言ってくれた言葉。
「やおみさん、すごい!」
この言葉は、いつも私を勇気づけてくれた。
義理の父の笑顔。
そして、家族の存在。
何時も一緒に走ってくれた仲間。
一緒に笑ってくれる仲間。

そんなこんな人達を思い浮かべ感謝しながら走った。

感謝の力は本当にすごい。

本当に何にも出来ない私だけど、
感謝だけは忘れずに過ごしていこうと思う。


母への感謝(気付き)

大発見かも。

私は「優等生であり続けること」が、「母に認めて貰うため」の代償行為だと思っていました。
母が、他人にばかり尽くしていて、私に優しくしてくれないことを寂しく思ってもいました。

改めて自分を振り返って、

私の宝物は間違いなく「子ども達」。
でも、私は人の為に何かすることが喜び。

母は、何時も人の為に一生懸命やっていました。

今日も私は家族を放ったらかしてボランティア活動をして来ました。
でも家族は「宝」という思いは揺るがない。

少し母が理解出来たように思います。
私は母と同じような生き方をしているようです。

娘を大好きなように、母も大好きになれるような気がします。

い~い、親子かもしれない。。。

「おかあちゃん、大好きだよ。」




一つの結論

両親、義理の両親はとても子ども孝行(こんな言葉を使えるのか?)な人達で、
子どもに頼ることなく、そしていつも親切に接してくれてきた人達でした。

ほぼ同年代のこれらの人達が、80歳を過ぎたあたりから、
少しずつ体が不調になり、子ども達が気にかけなければならない時間が出来てきました。

物理的に割かなければならない時間が問題なのではなく、
「老い」という現実をいきなり突きつけられたようで、少なからずショックをうけたように感じます。

義理の両親の介護、看護、そして「死」。
母の急性鬱。

自分のこれから迎える「老い」というものの現実をまざまざと見せつけられているようで、
暗澹たる気持ちは覆い隠せないものでした。

その理由は、「老い」ることで、何も出来なくなることへの不安だったように思います。

何かを失っても、気持ちがあれば何かできる

子ども達にも、これは言えると、と確信してきたけれど、

目の前の、気持ちが萎えてしまった「老い」た人達には何も出来ない、と思えて、
自分の老いた姿を重ねて暗澹たる気持ちになっていました。

でも、今回の帰省で、その思いは変わりました。

そもそも、母の全て(何をもしたがらない状態でも)を
受け入れようと心に決めて帰りましたが、

母が「存在している」ということが、「何かをしている」ということだと

理解しました。

母と対峙するのではなく、母と同じ位置に立とうと思った、その私の変化で
母が元気になったのではないかと思います。
私が思いを変えた辺りから、電話の向こうの母の声が元気で、
今回の帰省時の母は、びっくりするくらい気持ちが元気になっていました。

母がいてくれて、色んなことに気付かせてくれる。

やっぱり、母という「存在」が私を成長させてくれています。
ありがたい。

感謝です。


結婚 ---- 家族 ----

ひと昔は、結婚は2人だけの問題ではなかった。

それは、我々の親の世代。
家族が、一般的に3世代で構成されていた頃。

核家族が多くなり、
親も、子も、「自立」だの「自由」だのを満喫し始めた頃から、
結婚は、2人の問題となった。
「親」と結婚するんじゃないんだから、と。

随分と長い間、このブログを更新出来なかった。
この1月に義父が亡くなり、今、義母が最後の時を迎えようとしている。

私は幸せだった。
義父や義母に出会えて。
彼らと多くの幸せな時間を共有した。

主人との関係は、非常に多くの努力を有するものであった。

夫婦の鎹になるのは、「子」だけではない。
義父、義母、その周りにいる人達みんなそうである。

私の場合で言えば、義母の妹、義理の妹とその子ども達(姪っ子)。

結婚は、決して「家」と「家」のものではなく、
実は、その中にいる人達全ての関係の始まりであり、
良い意味で鎹になってくれるのである。

繋がった関係を大切にすることで、
夫婦関係は助けられる。

結婚は、決して2人だけのことではない。

義父の亡くなる一週間、
そして、今、この10日間あまりの義母の看病の日々に

幸せを噛みしめている。
義父も義母もきっと幸せな人生だったろうと、思える。

心から、義父と義母に「有難う」と思っている。


ありがとう

「ありがとう」の言葉しか出てこない。

昨日はやぶちゃんの「わもん」のワークショップに参加してきました。

私にとっては、「自分の中の声を聞く」ことの大切さを心底実感させられました。

そこで出会った真摯な人達。
本当に出会いはありがたいです。


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やっとお雛様を飾ることが出来ました。

このお雛様は、母(「京都のばあちゃん」)がマンションサイズのものを初節句の時に
買ってくれたものです。
当たり前のように思っていましたが、気持ちがないと買えない、ということに
改めて気付き、今、この歳になってやっと母の気持ちが伝わってきました。

「ありがたい」ということに罰当たりにも、気付かなかったような気がします。

とても気丈夫だったその母も、体が弱って、すっかり不安に心を乱されて過ごしています。

少しでも、穏やかに日々を過ごせるよう、その気持ちに寄り添ってあげられるよう、
何より、わたし自身を見つめなおそうと思っています。



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家族みんなに愛され、大好きだったコンの遺骨の周りは賑やか。
今でも涙無しには向き合えない。

こんなにも大切なものを亡くすと大変なんだということを学んでいます。

いたずら坊主のポン太が居てくれるお陰で沈まずに過ごせていますが、
悲しみは自分でも計り知れないものがあります。

私は、魂のことやあの世のことを学んでいます。
いずれこの世で修行を終え、安らかなあの世へ返って行くだろうと思っています。
コンもあちらで幸せに過ごしているか、また誰かを癒やしに旅立っているかもしれない。
そう思えても何故だか分かりませんが、涙が流れます。

コンと一心同体のように過ごしていた主人は、
きっともっとそうなんだろうと思います。

コンへ

本当に悲しいけど、
今まで一緒に過ごせたこと、心からありがとう
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ぽん太

Author:ぽん太

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