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一つの結論

両親、義理の両親はとても子ども孝行(こんな言葉を使えるのか?)な人達で、
子どもに頼ることなく、そしていつも親切に接してくれてきた人達でした。

ほぼ同年代のこれらの人達が、80歳を過ぎたあたりから、
少しずつ体が不調になり、子ども達が気にかけなければならない時間が出来てきました。

物理的に割かなければならない時間が問題なのではなく、
「老い」という現実をいきなり突きつけられたようで、少なからずショックをうけたように感じます。

義理の両親の介護、看護、そして「死」。
母の急性鬱。

自分のこれから迎える「老い」というものの現実をまざまざと見せつけられているようで、
暗澹たる気持ちは覆い隠せないものでした。

その理由は、「老い」ることで、何も出来なくなることへの不安だったように思います。

何かを失っても、気持ちがあれば何かできる

子ども達にも、これは言えると、と確信してきたけれど、

目の前の、気持ちが萎えてしまった「老い」た人達には何も出来ない、と思えて、
自分の老いた姿を重ねて暗澹たる気持ちになっていました。

でも、今回の帰省で、その思いは変わりました。

そもそも、母の全て(何をもしたがらない状態でも)を
受け入れようと心に決めて帰りましたが、

母が「存在している」ということが、「何かをしている」ということだと

理解しました。

母と対峙するのではなく、母と同じ位置に立とうと思った、その私の変化で
母が元気になったのではないかと思います。
私が思いを変えた辺りから、電話の向こうの母の声が元気で、
今回の帰省時の母は、びっくりするくらい気持ちが元気になっていました。

母がいてくれて、色んなことに気付かせてくれる。

やっぱり、母という「存在」が私を成長させてくれています。
ありがたい。

感謝です。


結婚 ---- 家族 ----

ひと昔は、結婚は2人だけの問題ではなかった。

それは、我々の親の世代。
家族が、一般的に3世代で構成されていた頃。

核家族が多くなり、
親も、子も、「自立」だの「自由」だのを満喫し始めた頃から、
結婚は、2人の問題となった。
「親」と結婚するんじゃないんだから、と。

随分と長い間、このブログを更新出来なかった。
この1月に義父が亡くなり、今、義母が最後の時を迎えようとしている。

私は幸せだった。
義父や義母に出会えて。
彼らと多くの幸せな時間を共有した。

主人との関係は、非常に多くの努力を有するものであった。

夫婦の鎹になるのは、「子」だけではない。
義父、義母、その周りにいる人達みんなそうである。

私の場合で言えば、義母の妹、義理の妹とその子ども達(姪っ子)。

結婚は、決して「家」と「家」のものではなく、
実は、その中にいる人達全ての関係の始まりであり、
良い意味で鎹になってくれるのである。

繋がった関係を大切にすることで、
夫婦関係は助けられる。

結婚は、決して2人だけのことではない。

義父の亡くなる一週間、
そして、今、この10日間あまりの義母の看病の日々に

幸せを噛みしめている。
義父も義母もきっと幸せな人生だったろうと、思える。

心から、義父と義母に「有難う」と思っている。


ありがとう

「ありがとう」の言葉しか出てこない。

昨日はやぶちゃんの「わもん」のワークショップに参加してきました。

私にとっては、「自分の中の声を聞く」ことの大切さを心底実感させられました。

そこで出会った真摯な人達。
本当に出会いはありがたいです。


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やっとお雛様を飾ることが出来ました。

このお雛様は、母(「京都のばあちゃん」)がマンションサイズのものを初節句の時に
買ってくれたものです。
当たり前のように思っていましたが、気持ちがないと買えない、ということに
改めて気付き、今、この歳になってやっと母の気持ちが伝わってきました。

「ありがたい」ということに罰当たりにも、気付かなかったような気がします。

とても気丈夫だったその母も、体が弱って、すっかり不安に心を乱されて過ごしています。

少しでも、穏やかに日々を過ごせるよう、その気持ちに寄り添ってあげられるよう、
何より、わたし自身を見つめなおそうと思っています。



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家族みんなに愛され、大好きだったコンの遺骨の周りは賑やか。
今でも涙無しには向き合えない。

こんなにも大切なものを亡くすと大変なんだということを学んでいます。

いたずら坊主のポン太が居てくれるお陰で沈まずに過ごせていますが、
悲しみは自分でも計り知れないものがあります。

私は、魂のことやあの世のことを学んでいます。
いずれこの世で修行を終え、安らかなあの世へ返って行くだろうと思っています。
コンもあちらで幸せに過ごしているか、また誰かを癒やしに旅立っているかもしれない。
そう思えても何故だか分かりませんが、涙が流れます。

コンと一心同体のように過ごしていた主人は、
きっともっとそうなんだろうと思います。

コンへ

本当に悲しいけど、
今まで一緒に過ごせたこと、心からありがとう

評論家の分析力

朝日新聞の土曜日、
ブルーの「be」の中にある「悩みのるつぼ」を毎週面白く読んでいます。

今日の回答者は、岡田斗司夫さん。

いつも回答者の分析力を凄いと感心して読んでいますが、
今日の回答から、最近の自分が見えてきました。

今日の回答は、相談者の「軸のブレ」を指摘しているものでした。
純粋で一途であった若い頃に比して、
年を重ねて損得に囚われ、軸がぶれているとのこと。


最近ずっと自分に対して、
若い頃の竹を割ったような切れ味、潔さが無くなっているのは
何故だろうか、という疑問を持っていました。

年を重ね、色々なことが受け入れられるようになり、
丸くなった所為かと思っていました。

確かにそれも1つの要因であろうと考えられますが、
人や状況を見て自分の行動を決めている節があったように思えます。

大人ですから、それも大切なことではありますが、
それでは軸がぶれます。

年を重ね、価値観が変わって来ることはあっても、
あくまでもしっかり自分の価値観で行動することが潔いように思えます。

「潔いのが好き」と言う価値観を持っている以上そうするのが良いと思えます。


今年はとことん自分に素直になって行動します。



牛久大仏

牛久大仏は世界最大のブロンズ像だそうです。
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今リハビリのため、
東京からつくば牛久セントラル病院に転院している義母が、
窓から見える大仏を見に行きたいと言ったので、

天気の良い先週の木曜日に出掛けました。

閉園間際、貸切状態で、
大仏様の小さな窓から夕陽が沈むまで眺めていました。

とても幸せな時間でした。

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ぽん太

Author:ぽん太

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